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UNHCRバクー事務所とミーティング(右から2番目トール代表)
第2回アゼルバイジャンヘの視力スクリーニングと眼鏡寄贈のミッション(本年で通算24回目)は、UNHCR(国連難民高等弁務官)アゼルバイジャン事務所の招きで5月15日(月)から26日(金)のスケジュールで実施されました。今回のミッションは、昨年に引き続きアゼルバイジャン政府、「難民・避難民委員会(SCR)」の強い要請に基づくもので、入出国時にはVIPルームヘ通されるなど滞在中はたいへん温かい歓迎を受けたほか、UNHCR事務所と緊密な連絡をとりながら円滑な作業の実施に当たりさまざまな支援をいただきました。本年は紛争地域、ナゴルノカラバフに近い、西部地域4都市、バルダ(Barda)、イェヴラ(Yevlah)、アグジャベディ(Agjabedi)、シェキ(Sheki)を巡回しました。主に国内避難民(IDPs)を対象に作業をした後、首都バクーに戻って難民、重度障害者施設からの児童、高齢者、生活困窮者などを対象にスクリーニングを実施しました。
昨年同様ミッションではIMC(International Medical Corps)、CCP(Caspian Compassion Project)のお世話になったほか、期間中、大量の寄贈眼鏡や機材、スーツケースの運搬でUMID(HOPE・希望)という新たなNGOのお世話になりました。5日間の作業で1,507人の視力検査を行い、事前に寄贈した4,000組の眼鏡の中から1,222組を選定したほか、個人のさまざまな視力の補正に対応するため、帰国後特別に製作する眼鏡が新たに127組発生しました。この数値は、過去最高を記録し、昨年の実績69組のほぼ2倍近くにもなります。ちなみに平均的な数値は例年40組ほどで、アゼルバイジャンでは比較的困難な事例が集中しました。また、今回のミッションで初めて導入した、株式会社ニデックから寄贈された携帯用オートレフラクトメーターが大活躍し、作業効率を高めるのに大きな貢献をしました。期間中、UNHCRジュネーブ本部の意向を受けてアゼルバイジャン政府に採用されたカメラクルーが映像取材に当たりました。
通訳、NGOとのミーティング
今回のミッションは、6名で編成されました。
アゼルバイジャンの首都バクーへは、日本からのメンバー全員が前日夕刻成田に集結し、15日(月)午前10時30分、オーストリア航空でまずウイーンヘ向け出発しました。ウイーンではすでに3時間余り前にニューヨーク経由でサンフランシスコから到着したスタッフと無事合流、同日午後8時20分のオーストリア航空のフライトでバクーヘ向け出発しました。現地時間16日早朝午前3時30分、バクーに無事到着しました。
ロビーで待ち構えていた空港VIP担当者に出迎えられてバンで移動、VIPルームに案内されましたが、そこでUNHCR事務所から出迎えてくれたドライバーのアゼルさんと1年ぶりに再会し、ミッションにドライバーとして同行することになっている新人のノブルーズさんを紹介されました。担当者にパスポートを渡し待っている間にビザの取得も完了、個人及び機材の入ったスーツケースが直接運び込まれ、UNHCRのジープに積載されました。
美しい高原 |
移動中に見かけた羊の群れ |
![]() UNHCRゲストハウス |
UNHCRゲストハウスでの朝食 |
![]() UNHCRゲストハウスの部屋 |
![]() バルダ市内広場での遅い夕食 |
![]() 作業場の出入り口をガードする警察 |
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![]() 検査 |
![]() バルダでのスクリーニング会場 |
![]() 納品手順の確認 |
![]() 一日の作業の集計 |
![]() フィッティング |
![]() レンズメーターで度数を測定 |
検査 |
![]() 検査する金井 O.D. |
![]() イェヴラ病院 |
![]() 遠視の補正で眼位が正常になる |
![]() |
![]() 調節性内斜視 |
![]() 先天性白内障の事例 |
![]() 右眼上斜視の事例(プリズム補正) |
午前5時過ぎ、ヨーロッパホテルにチェックインしてシャワーを浴び、仮眠を取って長い旅の疲れを癒し、午前11時、UNHCR事務所を訪問しました。新代表のウイリアム・トールさんと今回のミッションプログラムの運営担当者であるアムラさんに迎えられ到着の挨拶をしました。バルダヘの出発を前に、プログラムの詳細を確認のためにスタッフとのミーティングに出席しました。続いてミッションを支えてくれるNGOや通訳とのミーティングを開催、相互にメンバーの紹介を行った後、スケジュールや手順の確認を行いました。今回はUNHCR事務所を通じて、2名の医学生と文学部、経済学部学生(金融専攻)、青年実業家など6名の男性通訳をお願いしました。通訳1日1人当たりの日当は35ドルで、その他に宿泊地でのホテル代、食事代がかかります。平均的な家族の1カ月の収入が60~70ドル位と聞いているので、実際にお金を支払った時には一人一人から、心からの喜びと感謝の言葉が述べられました。
今回は異例ではありますが、先方のスケジュールの都合で、ミッション実施前に日本大使館に安部忠宏大使を表敬訪問し、午後4時40分頃、3台の車輌でバルダヘ向けバクーを離れました。UNHCRからフィールド担当としてナイリャさんが同行してくれました。3時間30分の旅程でしたが、現地には午後9時過ぎに到着、UNHCRのゲストハウスに入りました。ここは1人1泊20ドルに食事代という事前の取り決めでした。共同のシャワーが3つとトイレ2つが使えるとのことでしたが、実際には故障のため、それぞれ一つずつしか使用できず、13人が生活するにはとても無理だと解り、翌日少し郊外にあるコテージ風のホテルに移ることにしました。地方に来て初めて解ったことですが、夜11時から朝7時まで停電になりました。懐中電灯の準備も無いまま、真っ暗闇の中を壁伝いにトイレに立った恐ろしさは忘れられません。
![]() バクーで宿舎となったヨーロッパホテル ![]() 日本大使館に安部忠宏大使(右から3人目)を表敬訪問 |
![]() 日本から1カ月前に発送した眼鏡他の寄贈品 |
![]() |
![]() UNHCRアゼルバイジャン事務所 |
ヨーロッパホテル |
NGO、通訳とのミーティング |
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日本チーム専用バン(フォルクスワーゲン) |
UNHCRのジープ |
出発前 |
ミッション前半は、アゼルバイジャンの西部地域にある4カ所の都市で主に国内避難民(IDPs)を対象に作業をしました。初日の街、バルダは1988年、領土を巡るアルメニアとの紛争発生の原因となった土地「ナゴルノカラバフ」まで10キロの地点にある人口およそ14万人の古い街です。
政府の発表によると、およそ4万6,000人のIDPsが3つのテントキャンプに収容されていますが、政府「難民・避難民委員会(SCR)」の命を受け、検査の対象者はSCRの地元関係者によって抽出され、街の医療機関の施設を借りて行われました。
イェヴラ及びアグジャベディでも市の病院を借り、IMCの協力で作業の流れがプログラムされ整然と進められました。検査対象者は予めリストアップされていましたが、いずれの地域でもミッションの情報を聞きつけた人達が大勢会場に押し寄せ、必死になって検査を希望し、怒号が飛び交い、緊迫する場面がありましたが、事前にお願いしていた警察官がガードしてくれ、事なきを得ました。
4日目のシェキは、標高2,500メートルにあるアゼルバイジャンで最も美しい古都(人口6万2,000人)と言われています。ここでもおよそ7,800人余りの国内避難民が集落を形成しています。作業は、午前中、集落の中にある図書館を借りて行われました。終了後、UNHCRの地元協力者である実業家のナイールさんのご自宅に招かれランチをご馳走になりました。昼食後、シェキ市内を散策し、歴史的な建造物など案内していただきました。
市内ポリクリニックの一室を借りての作業 |
作業風景 |
検査 |
見え具合の確認 |
検査 |
メガネに満足 |
見え具合の確認 |
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見え具合の確認 |
フィッティング |
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5月22日(月)早朝シェキを離れ、およそ320キロの道のりを4時間で疾走してバクーヘ戻り、∃-ロッパホテルに一度チェックインして、午後2時から「CCPの眼科クリニック」を借りて作業を行いました。
主に難民が対象でしたが、重度障害者施設の児童や身寄りの無い老人なども招かれました。難民の大半は隣国チェチェンからですが、アフガニスタン、イラン、イラクからの難民も検査しました。
メガネの見え具合に喜ぶ女性
作業を終えて(バルダ) |
検査を待つ国内避難民 |
外で検査を待つ国内避難民 |
順番を待つ国内難民 |
受付を担当してくれる病院スタッフ |
見え具合の確認 |
協力してくれたIMCのスタッフ |
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ニデック寄贈の携帯用視力測定器による検査 |
検査 |
アグジャベティ中央病院 |
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通訳と |
検査 |
昼食 |
アリ・ハサノフ副首相表敬訪問
アリ・ハサノフ副首相表敬訪問と記者会見
ミッション最終日の正午に急遽設定されたアリ・ハサノフ副首相表敬訪問では、チームのメンバー一人一人が温かく迎えられた後、今回のミッションの成功を祝って心から感謝と歓迎のご挨拶をいただきました。「今年もUNHCRの招きで日本からこのようにミッションを組んで活動をしていただき、 大変感謝しています。政府を代表して心からお礼申し上げます。」「視力障害は最も悲劇的です。視力の改善は世界で最も貴重な人道支援活動です」、「人々の生活の向上に欠かせない」、「昨年は感謝の手紙がたくさん寄せられた」など反響の大きさに言及、政府代表者から高い評価のお言葉をいただきました。
更に、「ナンセン難民賞」の候補としてUNHCRバクー事務所が推薦したとの話を伺い、アゼルバイジャン政府も推薦状をUNHCRジュネーブ本部に送ったとのメッセージがあり、感謝の意を表しました。
午後3時からのプレスコンファレンス(記者会見)では、政府代表に続き、コメントの場を与えられました。政府代表及びUNHCRバクー事務所のコメント両方に「今後もミッションを続けていただきたい」という強い要請と高い期待が表明されました。
UNHCRのインタビュー |
記者会見 |
アリ・ハサノフ副首相より感謝の言葉をいただく |
![]() 記者からの質問に答える金井O.D. |
アリ・ハサノフ副首相と |
実質5日間の作業で、検査総数は1,507名でした。スクリーニング対象者の内訳は、難民が22%、国内避難民が62%、残りの16%が高齢者、生活困窮者、バクー市内の施設からの重度障害者、孤児など特別な支援を必要とする地元弱者層の構成となっています。
受益者の年齢分布は、0~9歳までが3.5%、10代9.1%、20代が6.0%、30代が6.8%、40代が24.1%、50代が25.9%、60代が12.5%、70歳以上が12.0%でした。
期間中、それぞれの視力に合わせて1,222組の眼鏡を選定したほか、更に個人の複雑な補正度数に対応するため帰国後特別製作する眼鏡127組が発生しました。この特別製作眼鏡の数はそれまでの最高を記録し、昨年の実績69組のおよそ2倍にあたります。寄贈眼鏡の4分の3(74.8%)が老視補正のための近方用眼鏡で、過去のミッションの傾向値に極めて類似していました。
その他、近視系の眼鏡が13.5%、遠視系の眼鏡が9.3%でした。また、白内障術後眼鏡が18組、眼位補正プリズム眼鏡が1組、目の保護用にポリカーボネートレンズ眼鏡、遮光用サングラスが11組となっています。検査中に眼位の異常を伴う事例が散見されましたが、両眼視の状態確認のためポラロイド・ステレオテストが活躍しました。陽差しの強い土地柄、進行した白内障の事例(147件)や翼状編(42件)が頻発しました。
検査(シェキ) |
作業場となった図書館(シェキ) |
百歳の老婆(国内避難民) |
順番を待つ国内避難民 |
難民の検査(シェキ) |
子供達(国内避難民) |
検査 |
今回のミッションに先立ち、当社で製作した4,000組の新しい眼鏡がUNHCRバク一事務所の要請で4月下旬アゼルバイジャンヘ空路、出荷されました。今回送った8箱の梱包には、トライアルレンズセット(1セット)、記録用紙2,000枚、特別製作用眼鏡フレーム200枚、サングラス10枚、弱視補正用ルーペ10個、補聴器10台などが寄贈品として含まれています。輸送に当っては日本通運株式会社札幌航空支店のご配慮により格安の料金で引き受けていただきました。尚、1983年以来UNHCRに寄贈した眼鏡の総数は10万8,000組余りに上ります。
アルバニアンチャーチ |
納品 |
休日のハイキング |
検査 |
メガネに喜ぶ国内避難民の女性 |
検査 |
納品 |
今年もたくさんの人に支えられ、無事ミッションを終えることができました。今回は主に首都バクーを離れて西部地域の地方都市を巡回し、また新たな体験を積みました。ミッションは訪問した各地で歓迎されました。メガネは難民の日常生活に密着しており、古い壊れた眼鏡を大切に使っていました。日本からの新しい眼鏡を手に入れようと各地からたくさんの人が集まり、出来るだけ多くの人達の期待に応えようとチーム全員必死で頑張りました。期間中の活動の様子はテレビ局のニュースや新聞記事、インターネットニュースの配信を通じて広報活動が行われ、国を挙げての関心の高さを示していました。
また、当社の活動継続に対するアゼルバイジャン政府及びUNHCR事務所の期待は大変高く、ミッション実施25回目の節目の年となる来年の再訪を約束して参りました。
最後に、この活動を支えていただいた社内外総ての皆様に心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
国内避難民の少女 |
CCPクリニックでの作業を終えて |
ヤナルダ(火が燃えている丘) |
UNHCR事務所スタッフ、通訳の皆さんと |


































